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東京地方裁判所 昭和39年(レ)534号 判決 1965年7月15日

控訴人 夏田咲子

右訴訟代理人弁護士 松本一郎

被控訴人 小羽根建治

主文

1、原判決を取り消す。

2、被控訴人は控訴人に対し、金一三、九九〇円及びこれに対する昭和三九年一〇月三〇日から支払ずみまで年六分の割合による金員の支払をせよ。

3、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4、この判決は仮りに執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一、被控訴人が、控訴人の経営するバー「ミルト」において、昭和三七年一一月一六日ビール等合計三、三〇〇円相当の飲食をし、同年一一月二一日特級酒等合計四、六〇五円相当の飲食をし、同年一二月一一日特級酒等合計六、〇八五円相当の飲食をしたことはいずれも当事者間に争いがない。

二、被控訴人は、右の飲食は被控訴人の勤務していた訴外日本農商株式会社の社用としてなされたものであるから、代金は同会社の債務であって、被控訴人個人の債務ではないと主張するので、この点につき考える。

原審における被控訴本人尋問の結果(一、二回)によれば、被控訴人は右の飲食をした当時は訴外日本農商株式会社の営業部長であったが、右の飲食のうち、昭和三七年一一月一六日の分は同会社が北海道の魚介類を買い入れる取引交渉のため根室冷凍の常務取締役本間某を接待したもの、同年一一月二一日の分は同会社の経理部長近藤某とともに会社の取引客を接待したもの、同年一二月一一日の分は同会社の事業に関し青森リンゴ組合長の白萩栄三郎を紹介してくれた高島貴一を接待したもので、いずれも取引客接待のため社用として飲食したものであることが認められ、これに反する証拠はない。

ところで、一般に飲食店においてある会社の社員が取引客接待のため社用として飲食した場合に、その飲食代金の支払義務を現実に飲食した者が負担せずに会社が負担するというためには、会社と飲食店との間にその旨の明示または黙示の契約が存在することが必要である。

本件においては、かような明示の契約の存在を認めるに足りる証拠はない(原審における被控訴本人尋問の結果(一回)によってもこれを認めることはできない。)。そこで、かような黙示の契約があったか否かを検討する。日本農商株式会社の社員が社用として控訴人方で飲食をした場合の代金支払についての取扱をみると、≪証拠省略≫を総合すれば、被控訴人は右会社の経理部長である近藤の紹介で「ミルト」を知ったこと、近藤及び被控訴人は控訴人方において会社の取引客の接待のため飲食をしたことがあること、この場合に控訴人は飲食の伝票を近藤又は被控訴人の名義としたこと、控訴人は月末に右会社に赴いて近藤又は被控訴人に代金の支払を請求し、同人等から当該飲食は社用であるとの指示をうけた場合には右会社から代金の支払をうけたこと、但し請求書の宛名は会社ではなく個人名義であったこと、控訴人は右会社の内容についての詳細は知らなかったこと、を認めることができ、これに反する原審における被控訴本人尋問の結果(一回)の一部は信用することができず、他にこれを左右するに足りる証拠はない。

これらの事実からみると、控訴人と右会社との間では同社の社員が社用として飲食した場合に、その代金支払義務は会社だけが負担する旨の黙示の契約が成立したとまではいうことができない。控訴人が右会社から飲食代金の支払をうけたことはあるけれども、それは会社が支払義務を免責的に引き受けることを控訴人が承諾したのではなく、たんにその飲食が社用である場合に会社と飲食者との内部関係によって会社から支払をうけることを承認したにすぎないと解するのが相当である。

従って被控訴人の主張は失当である。してみれば、被控訴人は控訴人に対して右の飲食代金を支払わなければならないというべきである。

そして、右の飲食代金債務の履行期が毎月末であることは被控訴人において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。また、この債務は控訴人の経営する飲食店における飲食により発生したものであるから商行為によって生じた債務ということになる。

三、してみれば、被控訴人に対して右の飲食代金一三、九九〇円及びこれに対する履行期の後である昭和三九年一〇月三〇日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める控訴人の請求は正当である。よって、これと異なる原判決を不当として取り消して、控訴人の本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡松行雄 裁判官 石崎政男 今井功)

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